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2月1日の午後の試験もなんとか夜のインターネット発表で

「105」番を見つけることができ


すぐに2月2日は

午前と午後を別の私立を受験

そちらもダブルウィンを飾り

3校の私立を合格することができまして


親の方はかなりびっくりしていました。


これで3日の第一志望の都立の一貫校を心置きなく受けてきなはれと・・・



3日の朝は、都立中学校の受験へ

中学校の最寄の駅からは学校まで大名行列??
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1000人以上の児童が受験するのでプラスその親もとなると・・

ぎょ・・


校門では娘の塾の先生たちが集団で応援


娘を学校の門まで送り届けて

数時間をどう過ごすか・・

私立は体育館などを親に解放してくれたりでしたが

人数が人数なのでそうはいかず?



娘がここの地で日曜日に塾の特訓があったので

母ちゃんは、多少の土地勘あり。

でも、地元の人々で占拠かな・・?

と駅そばのミスドへまずは・・


やはり付添と思われるパパさんらしき人と先を争うような形で入店しましたが


あれ?ガラ空き。

幸運だなぁ・・なんてゆっくりドーナツを選んでコーヒーお替り自由という

嬉しいなぁ・・娘は試験中なのにね。


こんな風に思えるのも私立が合格しているからなんだよね。

よく頑張ってくれたよなぁ、ありがたい。



なんてコーヒーをいただいていました。

でもそんなゆったり外を眺めていると

あっという間に一貫校受験付添の親軍団でミスドは満席


毎年の光景なのでしょう。

店員さんもニガ笑いというところでしょうか?


2教科のテストはすぐに終了を迎え

学校の門前に保護者は整列させられて

学校から出てきた娘をピックアップして帰宅。


あとは合格発表を待つのみ・・・

でも、発表の2月9日までおよそ一週間が長い長い。

前祝いのつもりですき焼きパーティーをしてみたり
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大雪であつめた雪だるまを作ったり
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今回の都立一貫校の倍率もおよそ9倍です。

9日の朝、インターネットの合格発表は2時間待てどつながらず・・

第一志望の私立は本日9日中が延納期限

雪まみれの道路ですが

父ちゃんが車を出してくれて・・一貫校へ直接合格発表を見に行くことに


しかし・・

女子はたったの60人定員

受験したのは500人以上

試験直後の娘の口からは


算数がね・・ちょっと書けなかったところがあった・・・



塾の友達も口ぐちに難しかったと・・

とは言えこの目で見るまでは・・


本当にちっちゃな掲示板

がポツンと昇降口にあるだけで、小さな数字が書いてあるだけ・・・


う~ん・・・


なんともいえない顔の私たちの横をにこにこ笑顔の親子が入学書類の入った封筒を持って

通り過ぎて行きました。

なんともその瞬間はスローモーションな感じ


残念

不合格の文字が頭をよぎる


この一年間とはいえ、もうこの学校のファンと化していたわが家の娘

その場に崩れそうなほど真っ白顔で無表情に


昇降口前の雪かきの手伝いをしている男子学生の楽しそうな声が遠くに聞こえる


私はこの笑い声の中に入っていけないんだな・・・

そんな感じだろうか。


なんて声をかけたらいいのか・・と思いましたが

でもね、君を待ってくれている学校もあるんだよぉ!


結構その学校はここからは遠いんだよぉ!

と母ちゃんは外で車で息子と待ってくれていた父ちゃんに電話をかけ

また雪かきしながら??

車を走らせて

2月1日に合格して待ってもらっていた私立へと向かうことに


途中で寄った「びっく〇どんきー」のハンバーグランチがなんとも言えなかったなぁ

お腹はすくんだよね。


娘はやけ食い(笑)

でも、まだ行ける学校があるんだからありがたい。

親はそんな気持ちでしょうか?

それよかこれからの学費のことで頭がいっぱいだったかな。


あのバタバタだった1日の試験

頭痛でのたうちまわって頑張ったそのあとの合格

ここへ戻ってくる運命だったかな?


えっこらおっこら・・・長靴履きで雪かきをしている教頭先生がシャベルを置いて

門の中へ私たちの車を迎え入れてくれました。


どうかうちの娘を6年間宜しくお願いいたしますと・・


娘も手続きをしている母ちゃんの横で父ちゃんや息子たちと

学校内を見渡して

少しはスイッチの入れ替えができたかな?


さっそく制服のこといろいろ語っていたし

確かに第一志望の中高一貫校に入りたくて頑張っていたところはあるんだけど


きっと、こちらの学校でまた新しい未来が開けていくと思うし

これからの6年間はとっても濃いはずだから!


これからの学校生活

1年生は男子が70人、女子が22人と

圧倒的に男子が多いのですが

さっぱりと男勝りな娘なので

きっと楽しく過ごせることでしょう。


娘のクラスで一貫校に合格した男子が一名いました。

彼は一貫校のみ受験

娘はなんとも複雑な気持ちだったそうですが

(サンマルクカフェでやけ食い第二弾)
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子どもですもの、そんなもんでしょう。


しかし、あそこを合格するとはすごいのぉ~。


とは言いつつ

うちの娘も本当によく頑張ったよなぁと思います。


ということで・・うちの子はとある私立に行くことが決まりました。

母ちゃんも父ちゃんもそうとうな覚悟が必要でして

さらに緊縮財政に突入であります。

うっひゃぁ!これから大変だどぉぉ!!
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(本日もわが家の娘の話はお休みです)

先日の亡くなったお友達に九州へ出向いてお別れをしてきたお友達

元サッカーのママ友たちで夕方集合して

お花代など立て替えていただいたものをお渡しするとともに

その日のお話を伺いました。


病院でももう治療の施しようがないと言われたこと

亡くなる4か月前にはご主人も休職されて在宅で闘病

3月にはお子さんたちの誕生日がある

娘さんの誕生日

それから10日ほどたって息子さんの誕生日を病床で家族みんなでお祝い

そして次の日のお昼に・・旅立たれたそうです。


ご葬儀では

東京で家族同様の付き合いをしていたお友達ママの顔を見た瞬間

息子君はずっと我慢していた涙が出てしまってトイレに走って行ってしまったそう・・


そのあともぐっと我慢をしていた息子君


亡くなったお友達

以前の見る影もなく細くなり・・

とても食べることが好きだったのに

ほとんど食べることがかなわなかった彼女


彼女のそばにはみんなでたくさんの食べ物やお花を入れたそうです。


息子さんは最後の扉が閉まる瞬間から涙が止まらなかったそうです。


辛すぎるよな・・・

その姿を見て無邪気に娘ちゃんが涙をぬぐってあげたりして


娘ちゃんは

状況がまだよくわかっていなかったようです。


激やせしたご主人

もう・・今まで家族で十分泣きましたから・・・

余命あっても半年と言われたのに2年以上も生きられました

そして最後までお母さんとして彼女は頑張りました・・



この言葉がすごく印象的だったと

サッカーのママ友は話してくれました。


40代にさしかかった私たち



こんな小さな子どもたちを残して・・逝かなければならなかったなんて

どんなにか心残りだったかと思う

そして、想像を絶する痛みとの戦い

よく頑張ったんだなぁと




健康診断とかしたりさ、ちょっとおかしい?と思ったら


必ず病院行こうね・・




久しぶりに会えたママ仲間

でも、こんな再会は辛いよね。

子どもたちそれぞれに夕飯時間とせかされて解散しましたが


そんなことを言い合いながら

また会おうね・・・と






(娘の受験話は今日はお休みです。)


昨日夕方

2012年に福岡へご主人の転勤でお引越しをされたお友達

(うちの子どもたちが幼稚園の時に母ちゃんが係り活動をしていた広報部で知り合って以来の)

彼女が亡くなったと

共通のお友達からメール


彼女は2011年の末から胃癌だったことがわかりました。


「婦人科系の病気で調子が悪くてね・・・でも手術したから元気になってきたのよ。




2012年の夏

子どもさんたちの学校や幼稚園の終業式を待って引っ越し

その前に元広報部のみんなで集まってランチ会と送別会


以前よりずっと細くなってしまって

食も細く

若いママさんに食べてもらっていたっけ・・


彼女の息子くん(小学5年)とうちの息子(小学4年)は同じサッカークラブにも所属

同じ小学校だし近所だし

幼稚園を卒園してもふっとお会いすることがあって

いつも子どもたちの話で笑い合い、時にグチを言ったり

年齢は私より少し上

40歳ちょっとすぎたところで下の娘さんをご懐妊

「いやいや・・想像以上に大変よ。」

なんてサッカーを見学しながら元気に走り回る娘さんを追いかけていたっけ


その娘さんはこの春に小学生になる

きっと今頃福岡で幼稚園の卒園式を迎える時期だったのでは・・


「いやぁ、まいったよ。体がそこらじゅう悲鳴をあげておるっちゃ。」


なんて妊婦さんで腰をトントンしながらの笑顔はついこの間だったような気がする


彼女と同じマンションで(そこは社員寮、家族寮的なところ)

ご主人は同じ会社でずっと昔からの付き合いもあるお友達ママさんは
(私とも息子同志が幼稚園とサッカーが共通のお友達)

急きょ、九州へ飛ばれました。


他の元サッカーのママや元広報部の方々と連絡をとって

距離が距離なので大変申し訳ないのですが

電報やお花などをご葬儀に間に合うように手配をしました。


今日の午前中10時

彼女は大切な家族のもとから旅立たれます


闘病されていたこと一切

親しい人にも言わず

今年の年賀状も笑顔の家族写真


東京のお友達みんながその突然の訃報に声にならず今朝を迎えたことでしょう


私もいまだに信じられず


娘さんが生まれた後に

私が
「小さくてもやっぱり女の子はね・・一緒に化粧品とか洋服とか選んだり楽しいよ。」

彼女が
「すごい!そっかぁ、楽しみだねぇ。早く大きくなれなれ!」




なんて笑顔でベビーカーを押す姿

まだほんとについこの間のことのよう




今思えば

ご主人の福岡への転勤・・
(ご夫婦で福岡出身)

自分の病や治療、行く末・・

小さな子どもたちのこともある。

ご実家に近いところへ・・

だったのだろう

と電話口で元広報部のお友達と話しをしました。


いつもクールな印象の彼女のご主人だったのですが

支えながらの仕事、子育ていろいろ大変だったと思います。


そして、いろいろまだまだ・・

病がわかった時はすでにステージⅣだったそうで

きっと自分の病のことは知っていながらだったのかな

笑顔でふるまって東京を離れた彼女


何一つお役にたつこともできなかったけど

せめて

彼女が旅立つ時間にお祈りをさせてもらいます。


福岡の空はどうなのだろう、かわいい笑顔の彼女にぴったりな

春めいた空であって欲しいです。





試験初日の朝からバタバタしながらも

なんとかスクールバスに乗り込んで


到着後、学校の玄関すぐで受付


あれ?娘のすぐ後ろに並んでいる男の子

最寄りの駅で見かけたな(笑)

同じ小学校ではありませんが

なんでだかちょっと嬉しかったり。

でも、ライバルはライバル

男子何人、女子何人という募集ではないので

男の子だってそういうことになるんだなぁ。

なんて思ってみたり。



受付後は親子の待ち合わせ場所兼、親の待合室の食堂に案内され

娘はすぐに集合がかけられて

試験会場へと向かって行きました。


娘の試験は2教科なので11時までには食堂へ帰ってくるのですが

朝の状態が状態なので買った雑誌も見る気もおきず

周りの保護者ウォッチング


母ちゃん余裕ちがう?

いやいや、どうしたらいいのかわからないくらい集中力がないだけ。


周りは、ご夫婦でいらしているところがあったり

スマホをパラリこと指で画面をはねたりしているママもいる

それぞれがなんだか顔に心配と書いてあるような(私だけ??)

そんなことをしていると

母ちゃんも頭痛が・・そういえばそんな周期だったか?

娘のことですっかり自分のことがおろそかだった?


ズキズキ・・

母ちゃんに娘の頭痛が乗り換えてくれれば今回はよしとしよう。

途中で今、子どもたちが受けている試験問題を親に配ってくれました。

予想はできていたのですが

結構、算数が難しい。

うちの娘は算数が若干苦手

大丈夫か?これ??なんて思いながら

娘が戻ってくるまで算数問題を解いていました。

他の保護者の方々も計算機だしたり(ぷっ・・)、ケータイで調べたり。

ご夫婦で話しながら回答の分担をしていたり



そんなことをしていると、すぐに2時間が過ぎ

初回の試験を終えた娘が食堂へ


頭が痛くても

朝、あんなことになっていても、お腹はすく・・


食堂では11時過ぎから

カレーとパンのみの販売がはじまり(普段はいろいろなメニューがある)

4教科受験の子の保護者の視線をよそに

バクバクカレーを食す親子(笑)

そして親子とも頭痛薬を飲んでいるし(汗)


他校受験を午前中にしている子が午後にこの学校へ来校するのを待って午後の試験

15時30分の午後の試験スタートまでは頭を休めようと
(本当は過去問の一つも・・なんでしょうけど)

開放中の図書室へ

誰もいない・・

びっくりしました。

お日様の光が部屋に入ってあったかぽかぽか

母ちゃんは、薬が効いてしまって居眠り(こらこら)

図書館司書の方々数人が入口付近に入っていらっしゃいましたが

それを背に・・



それがよかったのか?頭痛は軽くなった?

娘は図書室をエンジョイ


数時間図書室の主状態で

試験開始の30分前に食堂に戻っていきました。

その直後、隣の席の母子の様子が目に入り

たぶんお母さんの方は小学校の先生

自分の受け持っている子どもたちのテストの採点をしながら

点数を出席簿に記したりといそがしく

口は、自分の息子を叱咤


他には、ハチマキに「合格!」とか書いてあってうろうろしている男子
(動揺作戦?)

それぞれの様子に時に親子で吹き出しそうになりながら

午後の試験のスタートが近づき娘は再び挑戦へ


17時には、初回の試験の発表があるので

事務室前の掲示板へ・・とお知らせがありましたが

今はインターネットでも閲覧できるからか?

もしかして不合格なのも・・と思う人もいるのかな?

子どもと一緒に見たい気持ちもあるのでしょうかねぇ。

携帯をスタンバっている方々も多く


でも、母ちゃんはせっかくだし、

朝からあんな調子だったから難しいとは思いつつ

こんな体験もあまりできないと思いますし

掲示板へおもむくつもりで17時ちょっと前に食堂の席を立ち上がりました。


掲示板は高校の入り口にある事務室のところらしく

中学部を出て外の通路をとことこと・・

母ちゃんみたいに掲示板へ向かう保護者はほんとに少なくって(え~っ?)


夕暮れ通り越してもう暗闇の

目の悪い母ちゃんには微妙に何もかもが見づらい時間

もちろん掲示板のところは煌々と電気がともっていますが


どきどき・・が上回って見づらさが普段以上な?


事務室の前の掲示板ってどこ?どれ??っていうくらい動揺していました。


数人のお母さんたちと息をのみました


娘の受験番号は「105番」


当選(10)合格(5)じゃん!

なんてゴロ合わせをしていましたが


パっとみると

100番台のところでは見当たらない気がして

「うっわぁ~・・・」

と思ってしまいましたが・・


掲示板の真ん前を胴を低くして近づきよ~くよく見ますと

105番があった!!
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特待合格の出る午前試験

10名の名前も別に記載されていましたが

娘の番号は・・そこにはなかったのですが

あんな体調でしたし

合格は、合格じゃい!良し良し!!

だんだん掲示板に来る保護者も増えてきたところ

中には・・・な人もいるかもしれません

もちろんイヤッホゥ!!な気分でしたが

そこまでのKYではありませんから

頭の中でガッツポーズをしながら

試験中の娘よりも先に

あの緊張感から勝手に解放されて足元がよろよろ・・

頭痛は絶好調でガンガンでしたが

顔が完全にゆるみつつ

事務室へ合格証明書をいただきに


すぐに父ちゃんへ連絡(一日いろいろメールし合いましたけど)

娘の体調に驚いて、一日中心配でいられなかったでしょうが

大喜びでした


この学校、実のところ父ちゃん自身が大学受験をしたときに

振り向いてもらえなかったらしく

とっても行きたかった学校だそうで

附属の中学ですが

娘がリベンジした感じ(笑)


だからってそれが理由でうけさせたわでけはまったくなく

偶然なんですな



午後の試験が終了した娘

親のもとへ戻ってきたのが17時30分過ぎ

食堂入口で合流した親子の集団がごっそりと

午前の合格発表の掲示板のある事務室前へ

悲喜こもごもな表情が入り乱れていましたが


うちは、再度娘が掲示板を確認して

幸運にもにこにこしながら

帰りのバスへ向かうことができました

小さく、でも気持ちは大きく

ばんざ~い!!


もちろん娘の第一志望は都立の一貫校で

試験は2月3日

2月2日も午前と午後、それぞれ違う私立を受験予定ですし

まだまだ続きますが

私立の第一志望


娘にはおおっぴらに言いませんが

親の中ではこの学校が

今後の6年間かもな・・お願いできたらいいな・・と思っていた学校なので

自分の受験のときよりもずっとずっっっと緊張して

その上で合格発表のこの日を迎えることができたのでした。

あともう少し続きます。

すみません(大汗)







結局、小学6年生であっても受験生

塾のスケジュールは年末年始もタイトでした。


1月1日のみの娘の完全休日


2013年の年末はお正月の用意、大掃除などは父ちゃんと息子と手分けしてやりつつ

娘の塾への送り迎えはいつも通り


そのたった1日の娘のお休み

残念ながら娘本人は、一日頭痛に苦しんでいまして

1年がかりのお楽しみだって言っていた

初売りに行ってもとほほのほ・・

夕方には寝込み


もう2日の朝からお正月特訓なる塾の講習がありました。

1月も半ばには

都立も私立も願書提出


これはものすごく親にとっては責任が重く

落ち度がないか何度も見直して郵便局へ


受験票がちゃんと4枚そろって

お守りとダルマ

郵便局や銀行で受験料を支払いに行くたびにいただいた

合格祈願えんぴつなど

並べている即席神棚へお供え


娘の同じクラスで受験するお子さんは

埼玉県の私立を受験する子も多く

埼玉県の私立は1月半ばから試験がスタートするので

パラパラと試験のために学校をお休みする子がいました

その子たちが試験の結果を話しているのを耳にして

自分ももうすぐだと緊張のスイッチが入ったのか?

急に今までの勉強のペースがおかしくなったうちの子


あれ・・?というくらい

力が抜けていたり

TVを見ていることもあって

そばにいるこちらは不安でしたが

もう、今さらなにかバタバタする必要もなし

試験当日までしっかりと体調を管理しなければと思うことにしました。


時に、お寿司が食べたいと言い出したり・・

さすがに試験の直前に生もの系はさけたかったので

二週間前に回転ずしへ
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サラダもすべて熱を通してみたり


あの集団ノロウイルス感染のニュースとか

もうもうもう・・神経がピリリ・・


CMで受験生頑張れ!的なものがあると

妙にしんみり見ていたり


昨年の1月はまだまだお正月気分も抜けず

ぼんやりしていたわが家

こんなことになっているなんてね。


すべてがあっという間


初回の受験は2月1日

私立の第一志望校でした


最近は、午前と午後と1日二回の試験を行う私立も多く


念のため
(というか・・都立対策ばかりで合格するかどうか、とってもあやういレベルでしたので)


その1日の私立校は午前、午後両方受験


朝は、5時50分には家を娘と2人で出ました

その日は土曜日、父ちゃんは眠い目こすって玄関で見送ってくれました


実は、その朝は本当に大変でした

ここのところ母ちゃんと同じで頭痛が定期的にくるようになっている娘
(こんなもの遺伝しないでほしいのに)

頭痛で寝込んだ1月1日

それからぴったりの一か月後、2月1日・・


朝から

頭が痛い・・


念のため頭痛薬(眠くなるかもなのでどうしようかと悩みましたが)を服用

最寄駅から電車に乗るときには若干元気の兆しか?


同じ方向の電車にはこんな早い時間でもうちみたいな親子がちらほら

片手に参考書を持っていたり励ましていたり


しかし、やっぱり頭痛悪魔はまだまだ居座り


JRの国分寺駅で中央線に乗り換えるとき

ホームで娘が一言


「お母さん、吐きそう・・


ぎょっ!ぎょえぇぇっ!


母ちゃんは試験の待ち時間に読もうかと

最寄のコンビニで買った雑誌


いつもは袋をいただかずにもっている手提げなどに入れてもらうようにしていたのですが

たまたま今回はお茶を買って雑誌をビニール袋に入れてもらって

ぶらぶらさせていたんですねぇ。


速攻お茶と雑誌を手提げに入れなおして

ホームのすみに娘を連れて行きました


危なかったなぁ、すぐ・・すぐでした。


おぇおぇおぇ・・


でも幸いだったのは、朝ごはんをたくさんは食べていなかったからか?

大惨事は免れましたが


しばらく真っ青な顔の娘と背中をなでるしかない母親の図


念のため早く家を出ていたのでゆっくりすることできましたが


電車を1本見送り

娘の顔色が戻ってきたところで調子が悪かったらまた途中で下りようということで

学校に向かって先を進みました。


なんとか?無事に??


さっきのあれ・・で何かが出たのか?

スッキリと日の出のあとのひんやりした空気の中

スクールバスが到着する駅に降り立ちましたら

すっかり饒舌


子どもってすごいですねぇ

学校の係りの方々がスクールバスのところへ案内をしてくれるのですが

元気にあいさつ


他の受験生を見渡して

「あの子さっきの電車にいたよ!」なんて言っていたり


母は、とりあえず胸をなでおろしました


駅からスクールバスで20分

見えてきました一回目の受験の目的地


あぁ・・また長くなってしまいました

次回に持ち越します。














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